前回はクラレンス・ホワイトを特集しましたが、クラレンスが愛してやまなかったブルーグラス音楽について書いてみましょう。
バンジョーやマンドリンと言った楽器を語る際「ブルーグラス」はキーワードの一つです。とは言え、「ブルーグラスって何?」という方は少なくありません。カントリーと混同されることも多く、またどこかで聴いたことはあっても、それがブルーグラスだと気付いていないということもありましょう。ここでは「超ブルーグラス入門」と題して、ブルーグラスの基本中の基本を紹介いたしましょう。

ブルーグラスの創生

ブルーグラスは1945年にシンガー、コンポーザー、そしてマンドリン奏者であるビル・モンローによって確立されました。アメリカ南部アパラチア山脈に伝わるスコットランド、アイルランド系移民の音楽を基盤にし、黒人のブルースなどの要素も併せ持ちます。ちなみに、ビル・モンローもスコットランド系移民の末裔です。
基本的なアンサンブルは、アコースティック・ギター、マンドリン、バンジョー、フィドル、ウッド・ベースで構成され、後年ドブロ=リゾネーター・ギター(横にして演奏するスクエア・ネック・タイプ)も加わるようになりました。中でも、ビル・モンローのバンド、ブルーグラス・ボーイズに加わったバンジョー奏者、アール・スクラッグスの功績は大変大きく、彼が築いたスクラッグス・スタイルと呼ばれる5弦バンジョーの奏法が、ブルーグラスのアンサンブルの肝と呼べる存在となっています。
ブルーグラスは原則的に打楽器は使用せず、アコースティックなストリング・インストゥルメンツで演奏されますが、進化、発展の中でカントリーやロックと融合してドラムや電気楽器を使用するバンドやセッションも登場しています。

↑ブルーグラスではアコースティック・ギターはマーティン・ドレッドノート系が使用されることがほとんどです。バンジョー、マンドリン、フィドルと互角に張り合うボリュームを持ち合わせているからでしょう。

↑ブルーグラスの花形楽器と言えばバンジョー。リゾネーター付き5弦バンジョーを使用します。バンジョーと言えばギブソン…..なのですが、現在は残念ながら生産を休止しています。

↑バンジョーとともにブルーグラスの代表的な楽器はマンドリン。イタリアのラウンド・バックのマンドリンではなく、ギブソンが考案したアーチド・トップ、アーチド・バックのマンドリン(日本ではフラット・マンドリンと呼ぶことが多い)を使用します。

↑後年リゾネーター・ギターもアンサンブルに加わることになります。ブルーグラスでは横に寝かせて弾くスクエア・ネックのリゾネーター・ギターをストラップで吊るして立奏するのが一般的です。リゾネーターを代表するブランド、ドブロは現在ギブソン傘下エピフォンの製品として生産されています。

ブルーグラスの発展

マイノリティだったブルーグラスは、50年代、60年代になるとカントリーやフォークのマーケットに受け入れられ、徐々に存在を知らしめるようになりました。フラット&スクラッグスの「フォギー・マウンテン・ブレイクダウン」が映画『俺達に明日はない』で使用され、より多くの人々にブルーグラスを紹介するきっかけを作りました。
またアコースティックなサウンドが自然志向のヒッピーに歓迎された向きもあり、60年代末期から70年代初頭のカントリー・ロック・ブームにおいて、ブルーグラスはロック・ファンに紹介されるようになります。さらに80年代にはいると、革新的なプレイヤーによって、ジャズと融合したり、さらにニュー・エイジ・ミュージックの領域にテリトリーを広げたりと飛躍的な発展を遂げます。

ブルーグラスの演奏スタイル

近年、女性のブルーグラス・ミュージシャンは珍しくないですが、当初は男性ばかりでで、男性が甲高い声を出して歌うのが特徴のひとつとなっていました。スローなナンバーも少なくはないですが、ブルーグラスの演奏を最も特徴付けるのは、アップテンポなナンバーにおける、各楽器の曲芸技とも言える高度な技術を駆使した演奏の応酬でしょう。インプロヴィゼーションが求められますが、一人が延々とソロをとるのではなく、代わる代わるソロを回していくのが基本です。

超入門アルバム5選

それでは、ブルーグラスのエッセンシャルなアーティストのアルバムを紹介いたしましょう。

●The Country Music Hall Of Fame/Bill Monroe(MCA)
創始者、ビル・モンローと彼のバンド、ブルーグラス・ボーイズのベスト盤です。’Uncle Pen’、
’Blue Moon Of Kentucky’、’Kentucky Walts’など代表曲を網羅しています。楽器の音色は明るく響きますが、ハイ・ロンサムと呼ばれる、ビル・モンロー独特の哀愁を帯びたサウンド・キャラクターが全体を包んでいます。
なお、このブルーグラス・ボーイズは、レスター・フラット、上述のアール・スクラッグス、そしてロックの世界でも活躍することになるバイロン・バーライン、ピーター・ローワン、リチャード・グリーンなど数多くのミュージシャンを輩出しています。
ちなみに、ビルの愛用するマンドリンはギブソンF-5ですが、1990年代に彼のシグネチャー・モデルが発売されたことがあります。

 

●The Best Of Flatt&Scruggs/ Flatt&Scruggs
ビル・モンロー&ブルーグラス・ボーイズのメンバー、ギタリストのレスター・フラットと同じくバンジョー奏者アール・スクラッグスはビルの元を離れ、新たにフォギー・マウンテン・ボーイズを結成します。ブルーグラス・ボーイズと比較すると、幾分明るく陽気なサウンドと言えます。
もちろん、バンジョーの名曲「フォギー・マウンテン・ブレイク・ダウン」も収録されています。もしブルーグラス・バンジョーにトライするなら、フラット&スクラッグスの”Foggy Mountain Banjo”もゲットしてください。そして、アール・スクラッグスが執筆した教則本(洋書)を入手すれば鬼に金棒。
またレスター・フラットからはブルーグラス・リズム・ギターの基本が学べます。Gランと呼ばれるオブリガードはブルーグラスでは必須です。
ギブソンからアールのシグネチャー・モデルのバンジョーが、またマーティンからはレスターのシグネチャー・モデルのギターが発売されていた時期もありました。レスターのシグネチャー・モデルD-28LFはレスターが愛用したラージ・ピックガードのD-28を再現したギターですが、日本ではミスター・チルドレンの桜井和寿が使用するギターのイメージの方が強いかもしれません。
また、このアルバムには登場しませんが、後年メンバーとなるジョッシュ・グレイブスはブルーグラスにおけるドブロの演奏スタイルの礎を築きました。ギブソンからジョッシュのシグネチャー・モデルのドブロが発売されたこともあります。

 

●The Bluegrass Conpact Disc/J.D.Crowe, Jerry Douglass, Bobby Hicks, Doyle Lawson, Todd Phillips, Tony Rice
このアルバムは1980年代に当代の人気ブルーグラス・アーティストを集めて録音したビル・モンロー、フラット&スクラッグスのカバー集です。ビル・モンローやフラット&スクラッグスの音源は、時代的に録音技術的な古臭さは否めませんが、こちらは新しい録音なので聴きやすいかもしれません。バンジョーにスクラッグス・スタイルの継承者のJ.D.クロウ、またリード・ギターとボーカルにトニー・ライス、ドブロにジェリー・ダグラスといった現代の楽器ファンに馴染みのあるメンバーが名を連ねています。彼らのシグネチャー・モデルは各メーカーから発売されました。影響力のあるミュージシャンである証でしょう。
ブルーグラス・スタンダードのお手本的内容で最初の一枚としてお勧め。

 

●Trailor In Our Midst・Don’t Give Up Your Day Job/Country Gazzette
ブルーグラス・ボーイズのメンバーとして活躍し、またローリング・ストーンズをはじめとする多くのミュージシャンのレコーディング・セッションでも知られるバイロン・バーラインが結成したバンド。ウエスト・コーストのロックとブルーグラスの人脈の交差の中で生まれたバンドで、ロック・ナンバーも積極的にレパートリーに加えています。このCDは彼らのファースト(72年)とセカンド(73年)を2in1としたもの。一部の楽曲には前回ご紹介したクラレンス・ホワイトも参加。’Huckleberry Horn Pipe’でのクラレンスのギター・ソロは圧巻です。

 

●Anthology/New Grass Revival
ロック感覚でブルーグラスを演奏するバンド、ニュー・グラス・リヴァイヴァルの後期のベスト盤。リーダーで、ボーカル、マンドリン、フィドルを担当するサム・ブッシュの激しくヘッド・バンキングしながらの演奏は正にロック。サムのシグネチャー・モデルのマンドリンもギブソンから発売されたことがあります。ベースのジョン・コーワンは先日ドゥービー・ブラザーズのメンバーとして来日しました。彼もまたR&Bやロックンロール・テイストを持つベーシストです。バンジョーは二代目メンバーとなるベラ・フレック。ジャズやロックに親和性の独自のバンジョーの奏法を確立しています。ベラはその後自ら率いるフュージョン・バンド、フレックトーンズで成功を収めます。ギターのパット・フリンはナッシュビルのスタジオ・ミュージシャンで、ブルーグラスの域を超えたダイナミックなスケールの演奏を披露。ロックのカバー曲やシンガー・ソングライター作品も収録。ブルーグラスのアンサンブルでロックを演奏するお手本になります。

いかがでしたでしょうか。夏はブルーグラス・フェスのシーズンでもあります。演奏のエントリーは無理でも、地域によっては今からでもオーディエンスとして間に合うフェスもあります。興味が湧いたら、是非生のブルーグラスにも触れてみてください。

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