マーティン・ファクトリー・ツアー・レポート

Martin アコースティックギター
大人の隠れ家的アコースティック・ギター・ショップ、御茶ノ水本店Harvest Guitarsの白井です。37年前にマーティン・ギターを手にして以来、長年のマーティン愛用者である私ですが、先月久しぶりにマーティン社を訪れることができました。前回訪れたのが1995年頃。私にとって久しぶりの訪問となります。今回のマーティン訪問の目的はカスタム・アイテムの選定、発注でしたが、それら商品の詳細については入荷次第取扱店にてご紹介してまいりますので、ここでは工場と併設されたミュージアムを紹介したいと思います。


(マーティンCEOクリス・マーティン氏と)

ファクトリー・レポート


D-28、D-45、000-28など数々の名器を生み出し、後出のギター・メーカーに多大な影響を与えたマーティン。リーヴァイスなどと並ぶアメリカンの象徴的なブランド、アイコンと言えるマーティンは1833年にニューヨークで創業しました。1838年にペンシルヴァニア州ナザレスに移り現在に至っています。緑豊かな閑静な住宅街の中にレンガ作りの社屋兼工場がそびえ立っています。マーティン・ギター愛用者の私は、入り口に立っただけでワクワクしました。

マーティンは一般の方向けのファクトリー・ツアー(工場見学)も受け付けていますが、最寄りのニューアーク空港から車で一時間半ほどの距離にあるマーティン訪問は、日本人にとっては容易なことではありません。皆様に少しでも行った気分になってもらえるよう、画像にてご案内いたしましょう。



↑老舗の風格漂う社屋。右手奥に工場が連なります。



↑通りを挟んだ反対側にはのどかな景色が広がります。



↑工場は広く整然としています。清掃も行き届いており、木くずひとつ落ちていません。



↑トップ材の切り出しの準備。



↑トップのロゼットにセルを入れています。



↑こちらでは、カスタム・モデルのトップにインレイを入れています。



↑トップのブレースの削り出しをおこなっています。紛れもないハンドクラフト。



↑バック材の接着がおこなわれています。



↑バックの裏側(ボディ内側)に貼る帯状の材が準備されています。この機械の中で焼印をおこなうそうです。



↑サイドの材を整形する治具です。



↑整形が終わったサイド材が重ねられていました。



↑両サイドを貼りあわせた後に、割れ止め、ライニングを接着しています。



↑ボディを組み立てています。



↑ボディ・バインディングの素材。



↑バインディングを接着しています。



↑荒削りを終えたネック(左手前)と組み立て終わったボディ(右奥)。



↑ネック整形ブース。



↑ネックを整形する専用の台。治具を当てて所定のシェイプに削ります。ハンドクラフトへのこだわりを感じさせます。



↑マーティンにもプレックが導入されています。精度の高いフレット、ナット周りのセットアップをコンピュータ制御でおこないます。ハンドクラフトに委ねる部分と最新の技術を取り入れる柔軟性を兼ね備えたところがマーティンの魅力です。



↑昔ながらのダブテイル・ジョイントの加工が施されたボディ。



↑こちらはシンプル・ダブテイル・ジョイントの加工が施されています。



↑ロボットによる塗装設備も導入されています。



↑この部屋の中でロボットが塗装をしていきます。



↑塗装が終わったボディのバフがけ。まずは機械がおこないます。



↑機械の後は人間が仕上げます。この光景に安心します。

ハンドクラフトと機械化のハイブリッドな工程によって、伝統的な設計のギターを効率よく作ることが可能になっているわけですね。



↑工場内にお客様のリペアを預かるブースもあります。



↑カントリーの聖地、ナッシュヴィルの旧グランド・オール・オープリー・オードトリアム(現ライマン・オードトリアム)に飾られていたという看板が工場に移設されていました。

自分の好きなギターが作られていく過程を見るのは楽しいですね。機械化が進んでいるとはいえ、大事なところは人の経験に委ねられており、ギター好きのハートをくすぐります。また、ロングヘアー、髭、タトゥーと個性的な容姿のスタッフも多く働いていましたが、全員フレンドリー。何よりも、人、向上ともに清潔な印象で、マーティンの真面目な気質が工場全体から感じ取ることができました。機会を作って是非また訪問したいと思いました。

ミュージアム・レポート


続いてマーティン・ミュージアムを紹介しましょう。社屋の入り口を入って左手にミュージアムはあります。



↑ミュージアムの外に、ハンク・ウィリアムスの絵と彼が愛用したD-18が飾られていました。ハンクは戦後に大活躍したロック・シーンにも多大な影響を与えたカントリー・シンガー。当時日本でも人気を博し、何を隠そう私の母親のアイドルでもありました。



↑ミュージアムの入り口脇には、毎年テーマを決めてアイテムを紹介するコーナーが設けられました。今年のテーマはD-28です。

今年はマーティンのスタンダード・シリーズのリニューアルの年となりました。D-28は前倒しで昨年リニューアルしていますが、マーティンを代表するモデルD-28を改めて紹介しています。



↑スタイル28の歴史を実物で確認できます。D-28は1931年に12フレット・ジョイント(左から4本目)からスタートし、1934年に御馴染みの14フレット・ジョイントへとデザイン変更がなされます。



↑私達のためにクリスCEO自らD-28の歴史を解説。



↑D-28コーナーには、現在活躍中のカントリー・シンガー、ディエクス・ベントレーのレコードも飾られていました。ドレッドノートを語るときカントリーは外せません。



↑最も初期のシュタウファー・スタイルのモデルも飾られています。(右)



↑ギターは元々スペイン発祥。マーティンもいわゆるクラシック・ギターに通じるスモール・サイズのデザインからスタート。



↑イタリア発祥のマンドリン・ファミリー(左側)もラインナップに加わります。バックが丸いボウル・バックのイタリアのマンドリンに対してマーティンのマンドリンはギターのようなフラット・バックが特徴。々アメリカのメーカー、ギブソンが手掛けたマンドリンのアーチド・トップ、アーチド・バックとも違う進化を遂げました。中央には戦前のアメリカで一世を風靡したハワイアン・ミュージックに向けて生産されたウクレレも並べられています。



↑ハワイアン・ブームを受けて、マーティンはハワイアン・ギターもラインナップに加えました。一見、普通のギターと変わりなく見えますが、膝の上に寝かせて、左手に持ったトーン・バーで演奏します。ブリッジやナットもそれに合わせてセットアップされています。フレットには目印としての役割を持たせたフラッシュ・フレットが採用されました。



↑ジャズもまた戦前のアメリカの流行音楽のひとつ。ギブソンほどの人気を獲得するには至りませんでしたが、マーティンもアーチド・トップ・ギターも作っていました。



↑名器D-45は、1933年にシンギング・カウボーイと称されたジーン・オートリーのために作られたのが始まりです。当初は12フレット・ジョイントでした(左)。



↑こちらは馴染み深い14フレット・ジョイント。ヘキサゴン・インレイになってからのD-45。戦前の物は大変貴重です。



↑エレキ・ギターが登場し、1950年代にロックンロール、ロカビリーのブームが到来しました。マーティンのアコースティック・ギターはそこでも使われてきました。このコーナーには、ロックンロール・シーンを牽引したエルヴィス・プレスリーの愛器、革のカバー付きのD-28の復刻モデルが展示されていました。

また、手前に横たわっているギターは、ブルーグラス・リード・ギターのスタイルを確立したクラレンス・ホワイトのシグネチャー・モデルです。



↑マーティンは、ドラムのファイブス、バンジョーのヴェガを傘下に収めたことがありました。またエレキ・ギターも手がけました。残念ながら、これらは大きな成功に繋がりませんでした。しかしながら、この画像にはないですが、エレキのF-55は近年ジャクソン・ブラウンが使用したことで注目されています。



↑1960年代半ば、ボブ・ディランとビートルズに影響を受けたバーズがロックとフォークが融合させました。そのアンサンブルを象徴するリッケンバッカーの12弦ギターも飾られていました。このように他社の製品も飾って、アメリカの音楽の歴史、流れの全体感をとらえられるようになっている点が素晴らしいですね。



↑1960年代のカリフォルニアではフォーク・ロックからサイケデリック・ロックへ流れが移行。そんな時代のアートを現代の人気モデル、リトル・マーティンに施していました。こんな遊び心も憎いですね。



↑1960年代末に登場し、世界中の若者にマーティンの名を知らしめた張本人、クロスビー、スティルス&ナッシュ。オープン・チューニングで奏でられる「組曲:青い目のジュディ」は衝撃的でした。日本のフォーク・ミュージシャンの多くも彼らに触発され、また憧れてマーティンを手にしたのでした。



↑1970年代半ば、ウェイロン・ジェニングスらと共にテキサスを拠点にアウトロー・カントリーの旋風を吹かせたウィリー・ネルソン。ウィリーはマーティンのナイロン弦モデルを愛用。ボディに穴が開くほど弾き込んでいます。



↑マーティンは、1950年代終わりころ、既存のアコースティック・ギターのモデルに、デアルモンドのマグネティック・ピックアップを取り付けた「エレアコ」を発売しました。(左上、右上) 残念ながら不発に終わりましたが、後年カート・コバーンがD-18Eを使用したことで、それらのギターが注目を浴びました。





↑ミュージアムの外の壁一面に、マーティン・ギターがフィーチャーされたアルバム・ジャケットが飾られています。その数の多さに改めて驚きました。私もそこそこ所有しているつもりでしたが、一生かけてもコンプリートが不可能であることを思い知らされました。

いかがでしたでしょうか。ミュージアムを見学して、私はポピュラー・ミュージックの歴史におけるマーティン・ギターの役割の大きさを実感いたしました。愛器のマーティン・ギターを弾くときの気持ちも新たになりました。

次回もマーティンにちなんだ投稿を予定しております。ご期待くださいませ。

⇒御茶ノ水本店Harvest Guitars取り扱いのマーティンギターはこちらから

この記事を書いた人

白井 英一郎
1960年生まれ。吉田拓郎を聞いてフォーク・ギターを始める。その後イーグルス、オールマン・ブラザーズ・バンドなどのアメリカン・ロックに傾倒。エレキ・ギターも弾くようになる。ギター、スティール・ギター、バンジョー、マンドリン、ウクレレ、三線を弾くマルチ・プレイヤーとして演奏活動をする現役ミュージシャンであり、音楽誌や楽器専門誌のライターの肩書きも持つ。1970年代のファッションを好み、音楽のあるスローライフを実践するロハス・ピープル。入門者からベテランまで、お客様の音楽スタイルはもちろん、ライフスタイルに合った商品を提案する楽器のコンシェルジュ。

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