昭和30年代男の憧れその1「マーチン」

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ブリキのおもちゃで遊び、サンダーバードやウルトラマンはリアルタイム、思春期にはベッドの下に平凡パンチを隠し、親に見つからないようにこっそりと11p.m.を見ていた昭和30年代生まれの男子。ファッション、アート、スポーツ、何もかもが芳醇な時代を体験してきた世代と言えましょう。そんな昭和30年代男はオヤジになった今も物へのこだわりは人一倍。青春時代に聞いた音楽といつも一緒にあったマーチンのギターは、そんなこだわる男のマスト・アイテムのひとつのはず。

語り尽くされたマーチンですが、昭和35年生まれの私、白井が昭和30年代男目線で改めて紹介いたしましょう。しかも、私達フォーク世代が憧れたドレッドノート限定。さらに専門用語は極力使用を避けました。
*現在では「マーティン」と呼びますが、私達の世代は「マーチン」の方が馴染みがあるので、ここではあえてマーチンと書かせていただきます。

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日本のフォーク・ブームは吉田拓郎から始まりました。

<私がマーチンを買った理由>

実は私はこの夏でマーチン・オーナー歴35周年を迎えました。学生時代にアルバイトで貯めたお金で憧れのD-28を手にしたのですが、マーチンを買った理由は音でも演奏性でもなくマーチンが当時の「ファッション」のひとつだったからです。

私は吉田拓郎を聴いたのをきっかけにギターを始めました。中学時代は主に和製フォークを聞いていました。愛読していた雑誌は「ガッツ」、「新譜ジャーナル」、「ヤング・フォーク」など。当時のフォーク系雑誌の記事はアーティストや作品に関するものばかり。ギターに関する主な情報源は、広告、アーティストのインタビュー記事、そしてグラビアやレコード・ジャケットの写真などでした。それでも、有名ミュージシャンが抱えるギターがマーチン、ギブソン、ギルドと言ったアメリカのブランドのものであることを知ることができました。なかでも成功したスター・ミュージシャンのみが手にしていた栄光の象徴、D-45を頂点にラインナップしていたマーチンは、フォーク・ギターの高級ブランドとして格上の印象を与えました。ちなみに私が最初に買った吉田拓郎のソング・ブックの表紙にはマーチンD-35が写っていました。

和製フォークがニュー・ミュージックへど変貌していった1970年代半ば、「メイド・イン・USA・カタログ」(1975年)が発行され、そして続いて雑誌「ポパイ」が創刊されました(1976年)。これらの本がアメリカの流行を紹介し、私達の目をアメリカに向けさせました。そういった時流の中で様々な分野でアメリカン・アイテムが紹介されました。マーチンなどのアメリカン・ギターもその例に漏れませんでした。私達の目には、マーチンのギターはリーバイスのジーンズやレッド・ウィングのブーツと同格に映ったものです。

その頃、私は和製フォークの根っこにあったアメリカのフォークやロックに目覚めていました。高校時代のアイドルは当時のアメリカ西海岸を象徴するバンド、イーグルスでした。「ポパイ」が巻き起こした西海岸ブームの真っ只中、イーグルスは日本でも人気のバンドでした。しかも、彼らは名作『ホテル・カリフォルニア』の発売直後で絶頂期にありました。私は部屋に彼らのポスターを何枚も貼っていましたが、中でもフロント・マンのグレン・フライの風貌には憧れました。彼のように髪を伸ばし、口髭を生やし、ブーツ・カットのジーンズとウエスタン・ブーツを履いてマーチンのギターを抱える自分の姿を夢見ていました。

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CSN、CSNY、イーグルスのCDに挟まれた中央の本は『ポパイ創刊号』のレプリカ。40周年期年号の付録です。マーチン・ギターも紹介されています。

イーグルスが使っていたモデルはD-18、D-28、D-35などでしたが、私はその中からD-28を選びました。イーグルスとともに私の憧れだった CSNYのスティーヴン・スティルスとニール・ヤングも使っていたこと、またブルーグラスも弾きたいという気持ちがあったこともD-28を選んだ理由で す。店頭で他のモデルと比較することはありませんでした。憧れのミュージシャン達が使っているのだから間違いないはずという確信があったからです。もちろ んそれは正解でした。そして、後になって分かったことですが、日本の多くのプロ・ミュージシャンの方々はCSNYに憧れてマーチンを買っていたのでした。 憧れの気持ちを貫くことは大事ですね。ちなみにD-28を買った後、髪も口髭も伸ばしました。ところが私は癖っ毛で髭は薄く、グレン・フライにはほど遠い容姿だったことにがっかりしたのです。

さて「ファッション」だったマーチンですが、気がつけば長い付き合いとなりました。髪を短くし、髭も剃った今も変わらず、マーチンを弾き続けています。ちなみに、現在メイン・ギターとして使用しているモデルは、私にとって五本目となるマーチンであるD-41です。アメリカのジェリー・ベックレー、ダン・フォーゲルバーグ、ジャクソン・ブラウンがD-41を使っていたことが理由です。相変わらずミーハーな私ですが、こうしてあの時代の音楽をこれからも聴き続けていくように、マーチンのギターとも一生付き合っていくことになるでしょう。

<昭和30年代男にお勧めのマーチン5本>

私は早いタイミングで入手しましたが、憧れのマーチンをこれから購入しようという方も大勢いらっしゃるでしょう。また「欲しいけれど、腕に自信がないから」と躊躇されている方もいらっしゃるかもしれません。お酒を呑みながらマーチンを眺めているだけで、至福の時間が過ごせます。フォーク酒場やオープン・マイクのステージでもマーチンを持っているだけで説得力があるでしょう。マーチンは男のこだわりであり、郷愁でもあります。弾いても、弾かなくても、自分へのご褒美としてたまの贅沢も良いでしょう。
現在マーチンのラインナップは当時と比べものにならない位増えていますが、あの時代を思い出させてくれるモデル5本をスタンダード・シリーズからセレクトしてみました。

●D-18

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地味な印象を受けるモデルかもしれませんが、玄人好みの名器です。繊細でクリアなサウンドが特徴です。この後に紹介するモデルと比較すると軽快な鳴り方をします。日本のフォーク・シーンを縁の下で支えた名手、石川鷹彦が使っていたマーチンはD-45とこのD-18でした。ドック・ワトソンがファースト・アルバムのジャケットで持っていたのもこのモデル。ポール・サイモンもサイモン&ガーファンクル時代に愛用していました。と聞いたら、触手が動く方もいらっしゃるでしょう。なお、現行モデルはビンテージの仕様に近くなり、スタンダード・シリーズとしてはお買い得感があります。

●D-28

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ハンク・ウィリアウムズ、レスター・フラット、エルヴィス・プレスリー、ボブ・ディラン、ポール・マッカトニー、ニール・ヤング、マイク真木、高田渡など、使用ミュージシャンは枚挙に暇がありません。歴史的名盤の数々で使われてきたギターなのです。中低音が図太く、パンチとボリュームがあります。単音もしっかり伸びます。理屈抜きに、音が大きいギターは弾いていて楽しいです。しかも演奏スタイルやジャンルを問わないとあれば、人気があって当然です。迷ったらコレです。D-28を買えば間違いありません。レコードで聴いた懐かしい音が部屋に響き渡ります。

●D-35

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60年代のフォーク・ブームに登場したモデルです。歌とのバランスが取りやすいよう、D-28を幾分明るくにした音色を持ちます。70年代の和製フォークの世界では、岡林信康、遠藤賢司、なぎら健壱、中川五郎、吉田拓郎、イルカなどが使用し、D-28と人気を二分していました。フォーク酒場のスターを目指すなら、D-35という選択肢もありです。3ピースの裏板も特徴です。これは元々材料を節約するためのアイデアでしたが、かつてモーリス、S.ヤイリといった日本のメーカーが真似をしたものです。昭和30年代男には馴染み深いデザインと言えるでしょう。

●D-41

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カタログに登場したのは70年で、そういう意味では最も1970年代らしいマーチン・ギターと言えるでしょう。当初はD-45の廉価版的位置づけでした。D-45同様の縦ロゴで、D-45より幾分簡略化はされていますがアバロンの装飾が施されています。音量はD-45ほどではありませんが、むしろボーカルとのバランスが取りやすいという評価があります。40番台モデルらしい鈴鳴り感は十分味わうことができます。当時日本ではオフコース、海外ではアメリカなどが使用していました。どちらもソフトなボーカルでコーラス・ワーク重視のグループという共通項があります。
ちなみに弊社がかつて定期開催していたエイジ・プラス・クラブのイベントに、元オフコースの鈴木康博さんをお招きしたことがあります。そのときオフコース時代に使用していたD-41をご持参いただいたのですが、長年の使用によってD-45に負けず劣らずの鳴りに育っていました。
なお、現行モデルはD-45に近いルックスとなっており、サウンドもよりブライトになっています。

●D-45

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これぞマーチンの真骨頂。熟練した職人が厳選した木材が使用されています。鈴鳴り感を伴った見事な音量、そして音の艶と伸びは、他のモデルでは味わうことができません。サイドやバックまで施されたアバロンのインレイも豪華。
このモデルをメンバー全員が抱えたCSNYは強烈なインパクトがありました。日本でもCSNYを受けたフォークやロックのミュージシャン達が使用しました。加藤和彦、GARO、石川鷹彦、南こうせつ、伊勢正三らが使用するD-45を羨望のまなざしで眺めた方も多いことでしょう。輝かしい時代の象徴であり、ステイタス・シンボルです。フォーク酒場での自慢度は最高です。
また上述のエイジ・プラス・イベントの初回には、上述の石川鷹彦さんにお越しいただきました。そのとき、70年代に参加した多くのレコーディングではD-45を使用していたというお話しをうかがいました。フォークの名曲で聴いてきたギター・サウンドの多くがD-45だったのです。
なお、現行のものは70年代の物と比較するとブライトなサウンドですが、D-45の本質は何一つ変わっていません。

<ビンテージが気になる方へのお勧めのプラス1本>

懐かしのフォーク・ソング、70年代ロックを奏でるのであれば、上述の5本から選べば外れはないはずです。ちなみに、当時のミュージシャンの多くは新品で買ったマーチンを使っていました。後年ビンテージ・ギターの良さが認識されるようになりましたが、あの頃の音はビンテージではなく新品だったのです。ビンテージ神話に惑わされる必要はないでしょう。
とは言え、昔からスティーヴン・スティルスはビンテージ・マーチンのコレクターでしたし、ニール・ヤングが近年使っているD-28はかつてハンク・ウィリアムズが使用していた戦前の物ということもファンの間では有名です。当然ビンテージ・マーチンが気になる方もいらっしゃいましょう。本物のビンテージ・マーチンは価格的に高騰しており、モデルによっては入手することはもはや非現実的となってきていますが、戦前のマーチンの復刻モデルが新品でラインナップされています。マーキス・コレクションというシリーズがそれです。

●HD-28V

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マーキス・コレクションの中でもHD-28Vは比較的お求め易い価格のモデルでお勧めです。復刻の忠実度は上位モデルのオーセンティックなどには及びませんが、構造や外観は概ね戦前のD-28に準じています。CSNのファースト・アルバムのジャケットのスティルスを気取るなら、また最近のニール・ヤングの雰囲気を真似るなら、HD-28Vを選択肢に入れるのも良いでしょう。三角ネックを採用し、ヘリンボーン・バインディング、スロッテド・ダイアモンド&スロッテド・スクエアのポジション・マークなどをフィーチャーした外観を持ち、スタンダードなD-28よりも音の立ち上がりや分離が良い点が主な特徴です。

いかがでしたでしょうか。高価ではありますが、それでも$1=¥360だった当時に比べれば手が出しやすい価格になっていると言えます。マーチンは私達の世代には特別な存在でした。人生の集大成と言っても過言ではないアイテムです。「弾かずに死ねるか」です。是非一度手にしてみてください。

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