【Vintage File】#7 Gibson 1960年製 J-45 ~移りゆく時代の渦中で~

個人のみならず国家や文明においても、その時の当事者には自覚が全くないにも関わらず、後から考えると「あの時は間違いなく時代の節目だった」と感じられる事、よくありますよね。
【Vintage File】第7回の今回は、Martin D-28と並んでアコースティック・フラットトップ・ギターの代名詞と言えるGibson J-45の歴史上、正に時代の節目と言えるタイミングで作られた1本を紹介したいと思います。

本器は1960年製のJ-45。先日こちらのGuitar Questでもお伝えした、ノースカロライナでのギターショー時に買い付けてきたものです。
輸入手続き後、修理・調整(ブレーシング接着、フレットすり合わせ等)が完了し渋谷店アコースティックフロアに戻ってきましたので、今回の登場と相成りました。



打痕やウェザー・チェックはあるものの、年式を考慮するとミント・コンディションと言えるほど、驚くほど綺麗な状態を保っています。
しかしながら、本個体の最大の特徴は、1950年代の仕様と1960年代の仕様が混ざった過渡期のレア・スペックとなっている点です。

まず本個体のボディのフィニッシュですが、1950年代後期限定で見られる、中間色である赤が強く出た3トーンのサンバースト、通称「トライ・バースト」となっています。
現行のモンタナ製ギブソンでも、度々マンスリー・リミテッド等で復刻される事が多く、人気の高いカラーですね。
トライバースト自体、グラデーションを形成する各色の塗られている面積や色の移り変わり具合、赤味の強さ等で(ヴィンテージのみならず近年製のものも)かなり個体差があるのですが、本個体はお手本のような見事な美しさです。
ボディ上側の外周部の黒い部分も良く見ると完全な塗りつぶしの真っ黒ではなく、非常に濃い茶色といった印象で、独特の透明感があります。

サウンドホール・ロゼッタは1962年の途中辺りまで見られる通称「ワン・リング」仕様。ピックガードも所謂薄ラージガードです。このピックガードが付けられたヴィンテージGibsonのほとんどの個体で見られる、1弦側のサウンドホール脇のクラックが無い点がコンディションの良さを物語っています。
ボディのバインディングの継ぎ目は、1940年代とは異なり、ネックヒールの目立たない位置となっています。
ネックグリップは’60というよりややスリムな’59といった印象で、’61~’62辺りで見られる薄いワイド・ネックとは異なるグリップです。そこまで太すぎず、しかしながら程よく肉厚感はある絶妙な握りとなっています。

一方ブリッジ周辺は、1960年代から本格採用され始めたアジャスタブル・サドル仕様となっています。
アジャスタブル・サドル自体は1955年からオプションで採用されていましたが、本器のように両端のネジのサイズが小さくなったタイプは1960年代に入ってからの仕様となっています。
(60年代に入ってからもオリジナル・ストレート・サドル仕様=ノンアジャスタブルサドルのJ-45は少数のみ存在します。)
オリジナル・セラミック・サドルは、つるっとした見た目ですが陶器なだけあって意外と重量感があり、跳ね返り感が鋭いながらコシのあるサウンドを出すのに一役かっています。裏側に底部の金属プレートがフィットするよう溝が彫られているのも特徴ですね。

内部も見てみましょう。

ブレーシングは50年代後期から60年代前期特有の、背がやや低め・角ばった形状のノンスキャロップ・ブレーシングです。ワイルドに作られているイメージが強いヴィンテージ・ギブソンですが、この個体のボディ内部は比較的整然としている印象です。
シリアル・ナンバーの打刻がヘッド裏には無く、ファクトリー・オーダー・ナンバーのスタンプがネックブロックに打たれている点は1950年代までの仕様です。

過去の記事でもお伝えしましたが、1950年代まで、L-5等のアーチトップやフラットトップの中でもJ-200などの高級機種は、ボディ内部にモデル名/シリアルナンバー等がスタンプされたラベルが貼られているのですが、アーチトップの中でもL-48等の廉価モデルや、J-45、LG-2等の一般的なフラットトップはラベルなし(従ってシリアル・ナンバーも無し)、ファクトリー・オーダー・ナンバーがボディ内部にスタンプされているのみ、という仕様となっています。

ボディバックのセンターシーム、オリジナル・アジャスタブル・サドル仕様であった事を示すスタンプです。
この辺りは現行の1960’s J-45等でも再現されていますね。

丁度この年を境にギブソンアコースティックはアジャスタブル・サドルの標準採用、ナローネック化、チェリー・サンバーストカラーへの変更、さらにはHummingbird、Doveといった華やかなルックスのモデルの発表という風に、どちらかと言うとロック寄りな仕様へと舵を切って行きます。
フォーキーで野太いサウンドが求められた50年代以前と、アタック感が強く歯切れの良いサウンドが求められた60年代。その渦中で製作された歴史の生き証人と言える1本です。

次回の【Vintage File】もどんな歴史の証人が登場するか、お楽しみに!

シェアする