リッケンバッカーに魅せられた白井英一郎が語る「ロジャー・マッギンとの共演、トム・ペティ・シグネチャー・モデル登場秘話、丸ごと一冊リッケンバッカー」

Rickenbacker エレキギター
イシバシ楽器池袋店の白井です。ギターを弾き出して早四十余年。色々なギターと巡りあって来ましたが、その中からリッケンバッカーのギターを紹介しましょう。私の音楽ライフを語る上で重要なブランドです。プライベートな話しになりますが、リッケンバッカーへの情熱、魅力を共有していただければ幸いです。


<最初はもちろんビートルズ>


リッケンバッカーを知ったのは、ご多分にもれずビートルズがきっかけです。小学校6年のとき同級生に聴かされて衝撃を受けたビートルズですが、高校1年のときには彼らのアルバムを全て揃えていました。特にジョージ・ハリソンが弾くリッケンバッカーの12弦ギターのルックスもサウンドも印象的でした。

当時黒澤楽器が代理店を務めていました。カタログをもらい良く眺めたものです。何よりも、スロッテド・ヘッドとソリッド・ヘッドを掛け合わせた12弦ギターのヘッドストックが印象的でした。

もっとも、その当時(1970年代後半)好んで演奏していたのは、流行の真っ只中にあったイーグルスなどのウエスト・コースト・ロックのナンバーでした。リッケンバッカーが聴こえてくる初期のビートルズのサウンドは聴くには良いけれど、取り上げるには少々時代遅れと感じていたのです。

そして、間もなくイーグルスからウエスト・コースト・ロックの家系図を遡ってバーズを知ります。ロジャー・マッギンが奏でる「ミスター・タンブリンマン」のリッケンバッカーの12弦ギターのジングル・ジャングル・サウンドはビートルズ以上に衝撃的でした。とは言え、やはり初期バーズのフォーク・ロックのアンサンブルはビートルズ同様古臭く感じ、イーグルスのバーニー・レドンや後期バーズのクラレンス・ホワイトを真似てストリングベンダーを使ったカントリー・ロック・スタイルのギターを追求していました。ちなみに当時ストリングベンダーの入手は容易ではなく、ナビゲーターのテレキャスター・コピー・モデルに自作のストリングベンダーを取り付けていました。


<バーズとリッケンバッカーを再評価させたトム・ペティ>


ところが、80年代も半ばにさしかかるとウエスト・コースト・ロックの人気にも陰りが出ました。そんなとき、私の興味を惹いたのはアメリカのインディーズ・シーンにおけるペイズリー・アンダーグラウンドやネオ・サイケデリックのムーヴメントでした。ロング・ライダーズ、バングルズ、REM、レイン・パレードといったバンドが紹介されましたが、彼らの多くに共通したのは60年代のバンドからの影響です。多くのバンドにバーズの影響が窺えたのは興味深い現象でした。

極めつけは、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズでした。70年代後半に登場し、ニュー・ウェイヴのバンドとして紹介されることが多かった彼らですが、バーズに注目が集まる潮流の中、真打登場と言わんばかりにバーズの「ロックンロール・スター」をカバーしたのです。1985年発売のライブ・アルバム『パック・アップ・ザ・プランテーション』に収録されました。ビデオも発売されましたが、それを見た私はダブル・バウンド・ホロー・ボディのリッケンバッカー360を抱えて歌うトムと、ソリッド・ボディの12弦ギター同625/12を華麗に操るマイク・キャンベルに釘付けとなりました。リッケンバッカーもバーズも現代に十分すると確信しました。そして、数日後ビンテージのリッケンバッカー360/12を購入したのです。

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(写真はイメージです。)

翌1986年、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズがボブ・ディランのバックアップ・バンドとして来日しました。リード・ギタリストのマイク・キャンベルがストリングベンダーが付いたテレキャスターとリッケンバッカー625/12を駆使していたのが印象的でした。ディランのサポートをしながら、ディラン・フォロワーの先輩格であるバーズへの敬意を表しているようでした。そんなマイクが当時の私の演奏活動に刺激を与えてくれました。私もストリングベンダー・テレキャスターとリッケンバッカー12弦ギターを積極的に演奏することで、「バードマニア」の演奏家として自分を表出するようになったのです。


<ロジャー・マッギンと夢の共演>


音楽シーンで60年代のロックが再注目されたことに呼応するように、リッケンバッカーのギターも人気も再燃するようになりました。リッケンバッカーがシグネチャー・モデルをスタートさせたのもその頃です。シグネチャー・モデルの第一弾はピート・タウンジェント、そして第二弾として白羽の矢が立てられたのは、旬のロジャー・マッギンでした。モデル名は370/12RMで、ロジャー本人が所有するトレブル・ブースターとコンプレッサーを内蔵したバージョンと、通常のコントロール・アッセンブリーを搭載した廉価バージョンの二種類が存在しましたが、日本で正規ルートで販売された物は全て前者でした。

発売は1988年のことでした。当然ながら、発表されるやいなや私は予約を入れました。当時のリッケンバッカーの輸入代理店リックスの曾我部社長が、そんなに早く予約を入れた私に興味を持ってくれました。そして、びっくりするようなオファーをいただいたのです。それは、「ロジャー・マッギンが日本でシグネチャー・モデルのプロモーション・ライブをおこなうことになったのだけれど、バーズが好きな白井さんにバックで演奏して欲しい」というものでした。断る理由はありません。後にルクプルでブレイクした友人の藤田隆二にベースを、また当時ケイコ・ウォーカー&ザ・ホット・ストリート・バンドで一緒だった白石吉弥にドラムを依頼しました。

そのプロモーション・ライブはリッケンバッカー・オーナーズ・クラブのパーティと言う形で、渋谷のTake Off7にて1988年12月10日におこなわれました。事前にロジャーよりもらっていたセットリストには、バーズの有名曲はもちろん、ソロ・ナンバー、そしてマッギン・クラーク&ヒルマンやサンダーバード時代の作品を含む19曲が記載されていました。当日のサウンド・チェック時にしか本人とリハーサルができないと言う厳しい状況でしたが、藤田、白石の二人がフォーク・ロックやカントリー・ロックに精通したマニアックなミュージシャンであり、また全員でブートレグを聴いて様々なロジャーのライブを事前に研究しておいたおかげで、問題なく演奏することができました。ただし、私の勘違いで異なる楽曲の準備をしてしまった曲が一曲あり、それが痛恨の極みでした。いずれにしても、ロジャーは楽しそうに演奏していました。このライブの評判は大変良く、『プレイヤー』にも好意的なレビューが掲載されました。


<トム・ペティ・シグネチャー・モデル登場秘話>


ロジャー・マッギンのバックアップという大役を果たした私は、自分へのご褒美としてもう一本リッケンバッカーの12弦ギターを買うことにしました。マイク・キャンベルが所有する前述の625/12が気になっていました。625/12は620/12とネーミングが変わって今も生産が続けされていますが、マイクのギターは1963年製で、後年の620/12とはポジション・マークやヘッドストックなど細部の仕様が異なります。当時リッケンバッカーは一本単位での特別注文を受けていたので、1963年製625/12のレプリカを作ってもらうことにしました。しかしながら、そのままでは面白くないので、オリジナルにないチェッカー・バインディングを付け足してほしいというリクエストを入れました。

そうこうするうち、トム・ペティがリッケンバッカーの工場を訪れて、偶然私がオーダーしたギターの仕様書を見たそうです。トムが「チェッカー・バインディングの625/12なら僕も欲しい」と言ったそうです。それならばということで、リッケンバッカーは私の特注品をトム・ペティのシグネチャー・モデルとして発売することに決めたのです。その知らせを聞いて驚きました。私のアイデアが使われてしまったのですが、そもそも彼らにインスピレーションを受けて注文したものですから、悪い気はしませんでした。むしろ光栄でした。こうして、トムのモデル660/12TPが発売されたのです。

ちなみに本当の商品名は620/12TPだったそうです。625という型番は本来ビブラート付きのギターに使われるものだったので、このモデルには正しい620があてがわれるはずでした。ところが、リッケンバッカーのスタッフのミス・タイプにより660として発表されてしまったのです。

このモデルは好評だったようで、シグネチャー・モデル1,000本が完売した後もシグネチャーのない660/12として現在も生産が継続されています。6弦バージョンの660もラインナップ加わりました。

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(写真はイメージです。)

<ライター・デビュー>


1989年バーズが再結成され、1990年にはCDボックス・セットが発表されましたが、この頃バーズのリバイバル人気は頂点にあったと言って良いでしょう。音楽雑誌がバーズの特集を組むようになりました。日本での筆頭は『レコード・コレクターズ』(ミュージック・マガジン)でしたが、私はロジャー・マッギンと共演したおかげで、同誌のバーズ特集に原稿書きを依頼されたのです。鈴木カツ、宇田和弘といったそうそうたるベテラン・ライターと並ぶ記事の構成でしたので、緊張しながら寄稿しました。記事の評判は良く、その後は色々な出版社よりアメリカン・ロック全般の、またギター関連のライターとして数々のオファーをいただくようになりました。

ライター活動の中で思い出深い一冊は、えい出版の『丸ごと一冊リッケンバッカー』(2001年)です。このムックでは一ライターとして、ロジャー・マッギン、ロング・ライダーズのシド・グリフィン、REMのピーター・バック、トム・ペティ、マイク・キャンベルといった私のアイドル・ミュージシャンの紹介記事に携わらせていただいたのみならず、構成にも関わらせていただきました。リッケンバッカーの魅力を伝えることが出来たと思っています。

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ハワイアンのスティール・ギターのメーカーとスタートしたリッケンバッカーですが、エレキ・ギターやエレキ・ベースの時代になってより一層の人気を獲得しました。そして、リバプール・サウンド、フォーク・ロック、サーフ・ミュージック、サイケデリック・ロック、ハード・ロック、プログレシッヴ・ロック、パンク・ロックといった、歴史的な音楽シーンの中で際立った存在感を示してたのです。優美かつ唯一無二のデザインとサウンド・キャラクター、そして時流に媚びず頑なに伝統的な楽器作りを守る姿勢が、今なおファンを獲得し続けている理由でしょう。

まだ手にとってみたことがない方は、是非一度店頭でお試しください。

(白井英一郎)

この記事を書いた人

白井 英一郎
1960年生まれ。吉田拓郎を聞いてフォーク・ギターを始め、石川鷹彦をきっかけにブルーグラスにも興味を持つ。その後イーグルス、オールマン・ブラザーズ・バンドなどのアメリカン・ロックに傾倒。エレキ・ギターも弾くようになる。ギター、スティール・ギター、バンジョー、マンドリン、ウクレレ、三線を弾くマルチ・プレイヤーとして演奏活動をする現役ミュージシャンで、音楽誌や楽器専門誌のライターの肩書きも持つ。1970年代の音楽とファッションをこよなく愛し、音楽のあるスロー・ライフを実践するロハス・ピープル。入門者からベテランまで、お客様のライフ・スタイルに合った商品を提案する楽器のコンシェルジュ。

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