ストリングベンダー特集その1
今回は楽器考察シリーズで何度か言及したストリングベンダーについて、連載で取り上げたいと思います。
「ストリングベンダーって何?」という方のために、まずは4年前に私が作った動画をご覧ください。
使用している楽器は後述のパーソンズ/グリーン・ストリングベンダーを搭載したフェンダー・アメリカン・ナッシュビルBベンダー・テレキャスターです。
私が和製フォークからアメリカの音楽に向かい、楽器考察シリーズでも取り上げたニッティ・グリティ・ダート・バンドやイーグルスでその存在を知ったのがストリングベンダーです。私自身の演奏活動の中で積極的にストリングベンダーを使用してきたのですが、そのせいでストリングベンダーに興味を持った方からのお問い合わせ、相談を受けるようになっていました。十数年前にプレイヤー誌の特集記事でストリングベンダーについて書かせていただいたこともあるのですが、古い話となってしまいましたので、改めて機会を作って詳しくご紹介したいと思っていました。
ちなみに、「ストリングベンダー(StringBender)」は後述の発案者ジーン・パーソンズのワークショップの登録商標です。しかしながら、一般的には同様のシステム全体の総称として使用されています。別の呼称としてはBベンダー、プル・ストリングなどがあります。
ストリングベンダー登場
ストリングベンダーとはペダル・スティール・ギターのフィーリングをギターで再現するために考案されました。ハワイアンの楽器として登場したスティール・ギターですが、オープン・チューニングでトーン・バーを使って演奏するためコード・ワークに限界があり、また速いフレーズにもあまり向きませんでした。しかしながら、スティール・ギターの活躍の場がカントリー・ミュージックに移ると、フロア・ペダルとニー・レバーを操作して、チューニングを演奏中にリアルタイムに変化させることができる(各ペダル、レバーに連動した特定の弦をベンド・アップ、またはベンド・ダウンする)ペダル・スティール・ギターが登場するようになりました。このペダル・スティールの登場によってより高度な演奏が可能となったばかりか、固定されたノートとペダルやレバーで音程を連続的に変化させたノートを重ねることで、ペダル・スティールならではのフレーズ、サウンドが生み出されるようになりました。
アメリカ西海岸の代表的なブルーグラス・バンド、ケンタッキー・カーネルズで頭角を現した若き天才ギタリスト、故クラレンス・ホワイトがスタジオ・ミュージシャンとしてエレキ・ギターを弾き始めたころ、エレキ・ギターでこのペダル・スティールのような効果を得ることができないかと、友人のマルチ・プレイヤー、ジーン・パーソンズに相談しました。ジーンはクラレンスのテレキャスターを大改造し、ペダルの代わりにストラップで操作するレバーでベンドをおこなう仕組みを取り付けました。これがストリングベンダーの始まりです。
このオリジナルのギターにはフェンダーのペダル・スティールのブリッジ・パーツ、自動車のブレーキの部品などが使用されました。ストラップでレバーを引っ張ると(実際にはネックを押し下げる操作となる)、ハブと呼ばれる回転テールピースによって2弦が1音ベンドされるのです。
なお、エレキ・ギターで指によるベンドを駆使してペダル・スティール・ギターを真似る奏法はストリングベンダーが考案される以前からありました。一般にペダル・スティール・リックと呼ばれているものです。しかしながら、ストリングベンダーは、指のベンドでは困難な和音の中間の音をベンドできるのがポイントです。例えば、オープン・コードのA9th(6弦、5弦、2弦、1弦は開放、4弦、3弦は2フレットを押さえる)を弾いて、ネックを押し下げていくと、なだらかにAのコードに変化します。
間もなくクラレンスとジーンはロック・バンド、バーズに加入しました。フォーク・ロック・バンドとして登場したバーズですが、当時カントリー・ロック・バンドに変貌を遂げていました。ストリングベンダーを駆使したクラレンスのリード・ギターはバーズの看板となり、それまでバーズのサウンドを印象付けていたリーダーのロジャー・マッギンのエレキ12弦ギターの存在が霞む結果となりました。
カントリー・ロックの流行とストリングベンダー
60年代末から70年代にかけて西海岸ではカントリー・ロックがブームとなりました。そんな中でストリングベンダーも拡散していきました。イーグルスのバーニー・レドン、ニッティ・グリティ・ダート・バンドのジェフ・ハンナ、サウザー・ヒルマン・フューレイ・バンドのアル・パーキンス、リンダ・ロンシュタットなどのサポート・ギタリスト、ボブ・ウォーフォード、エミルー・ハリスのホット・バンドのアルバート・リーとフランク・レッカード、ドゥービー・ブラザーズのジェフ・バクスターらが使用し、熱心なファンの間で知られていくようになります。
ジーンはクラレンスに取り付けたストリングベンダーの仕組みをアップデートして製品化しました。それがパーソンズ/ホワイト・ストリングベンダーです。後述のジミー・ペイジ、ロン・ウッドが使用するのはこのタイプで、筆者も長年愛用しています。ちなみにStringBenderは登録商標化されています。
またデイヴ・エヴァンズのベンダー(パーソンズ/エヴァンズ・ベンダー)も早くから知られ、上述のバーニー・レドン、アル・パーキンス、アルバート・リー、ジェフ・バクスターらが使用しています。パーソンズ/ホワイトはハブの形状が丸、エヴァンズは四角なのが表から見分けるポイントです。
↑現行のパーソンズ/ホワイト・ストリングベンダーをインストールしたテレキャスター(筆者所有)。
↑弦を巻き取るハブ。
↑テコの原理を利用してストラップ・レバーがハブに連動します。
↑ストラップ・レバー可動部とベンドのピッチを調整するネジ(右の穴の中にある)。
日本では、自他ともにクラレンス・ホワイト・ファンを認める中川イサトが、1970年代半ばにすでにパーソンズ/ホワイト・ストリングベンダー付きのフェンダー・テレキャスターを入手していました。間もなく、ベアバックという雑誌の中で、江戸川橋の喫茶店オン・ザ・コーナーのマスターである伊達和夫がストリングベンダーの自作の仕方を紹介。現在スタジオ・ミュージシャンとして活躍する田代耕一郎がそれを見て早速自作しています。私もこのベアバックを見てナビゲーターのテレキャスター・コピー・モデルに自作のストリングベンダーをインストールしました。
↑ベアバックの特集記事
1980年代になると日本の楽器メーカー、トーカイがパーソンズ/ホワイト・ストリングベンダーを取り付けたテレキャスターのコピー・モデルの販売を開始し、比較的入手しやすくなりました。
ギターに大きくザクリを入れる加工を必要としたジーン・パーソンズのストリングベンダーでしたが、比較的簡単に取り付けられる仕組みも考案されました。ビグスビーのパーム・ペダルやデューゼンバーグのマルチ・ベンダーのように手のひらでレバーを操作するタイプ、ヒップショットのBベンダーのように腰でレバーを操作するタイプが有名です。ビグスビーのパーム・ペダルはナッシュビルのスタジオ・ギタリストのスティーヴ・ギブソン、ファイア・フォールのジョック・バートリー、日本ではスタジオ・ギタリストの安田裕美が、後者はやはり日本のスタジオ・ギタリストも徳武弘文らが使用しています。特に徳武弘文は、教則ビデオの作成や、またフェンダー・ジャパンから発売されたテレキャスターのシグネーチャー・モデルによって、日本におけるストリング・ベンディング・テクニックの啓蒙に大きな影響力を持っています。
↑ビグスビーのパーム・ペダルを進化させたデューゼンバーグのマルチ・ベンダーを搭載したラップ・スティール。
さて、カントリー・ロックとともに注目を浴びたストリングベンダーですが、クラレンス・ホワイトの功績によりロック・シーンに広く浸透していきます。中でもレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジは早くからストリングベンダーにチャレンジしていることが知られます。バーズのファンであったジミーは1971年にバーズのコンサートを訪れ、楽屋でクラレンスやジーンと面会したそうです。そこでジーンにストリングベンダーの入手の相談をしたということです。ジーン以外にも、ロン・ウッド(ローリング・ストーンズ)、デイヴィッド・ギルモア(ピンク・フロイド)、ジョー・ペリー(エアロ・スミス)、ピート・タウンジェント(フー)などの大物ギタリストが相次いでパーソンズ/ホワイト・ストリングベンダーを使用するようになりました。
フェンダーがカスタム・ショップを開設すると、パーソンズ/ホワイト・ストリングベンダー付きのテレキャスターも作られるようになりました。後年クラレンス・ホワイトのシグネーチャー・モデルも登場します。ジーン・パーソンズがメリディアン・グリーンと考案したパーソンズ/グリーン・ストリングベンダーを装備したアメリカン・ナッシュビルBベンダー・テレキャスターがレギュラー製品化されました(現在は生産されていません)。パーソンズ/グリーン・ストリングベンダーはバック・プレートにコンポーネントをまとめてあり、インストールが容易になっています。反面重量が増してしまいました。パーソンズ/グリーン・ストリングベンダーは現在ヒップショットがパーツとして取り扱っています。
↑ヒップショットのBベンダー。ギターへのザグリを必要としないシステムです。比較的入手しやすいシステムです。
また1980年代以降、ナッシュビルのビルダー、ジョー・グレイザーのプル・システムも愛用者を増やしました。ストラップで操作しますが、ペダル・スティール同様サドルが動くのが特徴です。こちらはどちらかと言うと当初はロックよりカントリー畑のギタリストに愛用者が多く、熊本で開催されるカントリーの祭典、カントリー・ゴールドでも見かけることが多いベンダーです。またギブソンが発売したミュージック・シティにもやや形状が改められましたが、ジョーのベンダーが採用されたのは記憶に新しいです。
↑ジョー・グレイザーのプル・システムを搭載したギブソンのミュージック・シティ。再生産してほしいアイテムです。
敬称略。次回はストリングベンダーが登場するアルバムを紹介しましょう。
(続く)