フォーク世代の永遠の憧れ Martin D-45

Martin アコースティックギター
前回も少し触れましたが、昨年リニューアルしたD-28に続いて、マーティンのスタンダード・シリーズの他のモデルも仕様変更が発表されました。今年はマーティンにとって大きな節目と言えそうです。そこでしばらくの間、改めてマーティンのスタンダード・モデルの主要機種を個別に紹介していきたいと思います。D-28については前々回に取り上げていますので、それ以外の機種について書いていきます。今回はスタンダード・シリーズの頂点に立つモデルD-45です。

僕らのD-45


マーティンD-45と言えば、昨年プレイヤーより別冊『The Martin D-45 and More』が刊行されました。税別価格¥9,200と、決して安くはない本ですが、飛ぶように売れているのです。マーティン、そしてD-45の人気を改めて実感した次第ですが、やはりギター・オジサンにとっては、永遠の憧れのアコースイティック・ギターということでしょう。



↑プレイヤー別冊『The Martin D-45 and More』

D-45はシンギング・カウボーイ、ジーン・オートリーの特注品として1933年に誕生しました。しなしながら、フォーク、ロック・シーンにおけるこのモデルの人気の原点は、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング(CSNY)にあると言えましょう。メンバーのデイヴィッド・クロスビー、スティーヴン・スティルス、グレアム・ナッシュ、ニール・ヤング全員がマーティンD-45を使用したことは語り草です。1970年発売の『4ウェイ・ストリート』のジャケットには、やや写真が加工されてはいますが、ナッシュ以外の3人がD-45を抱える姿が確認できます。アコースティックとエレクトリックをダイナミックに融合した演奏と、ユニークかつ重厚なコーラス・ワークで一世を風靡したCSNYは、アメリカやイギリスのみならず日本のミュージシャン達にも多大な影響力を持ちました。



↑ジョン・ローガン著の"CROSBY, STILLS, NASH&YOUNG"(洋書)の表紙。一番左はD-45(おそらく戦前型)を持つスティルス。ギター・コレクターのスティルスは再生産型以外に1942年製の物も使用していました。



↑日本のギター・ムック『マーティン・ヴィンテージ・ギター・ガイド』でもこのような紹介記事がありました。ちなみにスティルス(左)がここで使用している物もおそらく戦前型。クロスビー(左から二番目)とヤング(右)が使用しているのは再生産型。

1970年代に入ると日本ではフォークが一大旋風を巻起こします。その中心で加藤和彦、ガロ、石川鷹彦らが筆頭となってD-45を使用。その後も多くのフォーク、ニュー・ミュージックのアーティストが彼らに追従しD-45を使用するようになりました。ちなみに筆者がD-45の存在を知ったのは、ギターを始めたばかりの1973年。当時のフォーク少年の愛読書の一つだった『ガッツ』と言う雑誌に石川鷹彦の機材特集がありました。そこでマーティンD-45が紹介されていたのです。D-45の存在を知ったとき、モーリスのW80やK.ヤイリのW2000などがD-45のコピー・モデルであることが容易に想像できました。そして、楽器店で当時の輸入代理店の東海楽器のカタログをゲット。東海楽器が作っていたハミングバードのアコースティック・ギターとバンジョー、そしてギャバンのエレキ・ギターと一緒にマーティン・ギターが掲載されていました。当時D-45は定価80万円。月のお小遣いが千円程度の私にとっては、宇宙の彼方のギターでした。そんな頃、たまたまクラスメートのロック女子が聴かせてくれたのが上述の『4ウェイ・ストリート』。音を聴く前にジャケットを見てたまげたものです。また、1974年、かぐや姫のツアー中、南こうせつが電車の中でD-45を盗まれたことは新聞やニュースでも話題になりました。

1975年に『メイド・インU.S.A.カタログ』が発売されました。紹介された数々のアメリカの流行アイテムの中にマーティン・ギターがありました。私たちの目には、それらがアメリカのフォークやロック・ミュージシャンが身に着けているようなジャケット、シャツ、ジーンズ、ブーツと同列に映ったものです。本国のカタログから転載された車と一緒に写った写真はいかにもアメリカ的でした。翌1976年に雑誌『ポパイ』が創刊されましたが、その第一号にもマーティンD-45も紹介されていたのでした。高嶺の花であることには変わりはありませんでしたが、マーティンなどのアメリカン・ギターのイメージが私たちのライフスタイルの中に刷り込まれていった時代でした。



↑ポパイ創刊号



↑ポパイ創刊号にはサンタ・バーバラの楽器店のマーティン・ギターも紹介されています。

当時、ブラジリアン・ローズウッドとインディアン・ローズウッドの違い、スキャロップド・ブレーシングとノン・スキャロップド・ブレーシングの違いなど、私達には無縁でした。と言うより、そういったことを知る機会に恵まれませんでした。私達のマーティンへの憧れは楽器のスペックではなくステイタス性にあったのでした。中でもD-45は象徴的なアイテムでした。

D-45のここが凄い


D-45の魅力は、圧倒的な存在感のあるサウンドと優雅で高級感溢れるルックスにあると言えましょう。D-45には最上級の木材が使用されています。見た目が良いだけではなく、板材の段階で響きが良い材が選定されているのです。だから良く鳴り響くのです。豊かな音量、心地良い倍音とサスティン、深いレゾナンスは他のギターでは容易に味わえません。そして装飾のためふんだんに散りばめられた貝の象嵌がサウンドにも影響し、いわゆる鈴鳴り感を加えてくれるのです。D-45の高音のきらびやかさは格別です。もちろん、それらの象嵌が持つ喜びをも存分に味あわせてくれるのです。

D-45を手に取るだけで、まずその質感にうっとりさせられるでしょう。音を出してさらに納得。コードをポロンポロンと鳴らすだけで十分にその素晴らしさを堪能できます。「青い目のジュディ」、「学生街の喫茶店」、「22才の別れ」...青春時代に聞いた懐かしいナンバーを爪弾けば、気分が高揚すること間違いなしです。弾かないで眺めているだけでもうっとりします。装飾のアバロンを照明に反射させて、その輝きを楽しむだけでも幸せです。お酒が美味しくなります。こだわる男の一本です。自分への褒美として最高のアイテムとなりましょう。「一生モノ」を超越した、子へ、そして孫へと受け継いで使ってもらえるアイテムです。まず、その素晴らしさを実感するために、可能であれば一度手にとってお試しいただきたいと思います。

D-45最新版はこうなる




↑旧仕様



↑新仕様

D-45は戦時中に生産が休止されました。1968年に復活しますが、CSNYや加藤和彦が使用したものは正にこの復活して間もない時期のD-45です。そこまではサイド&バックにブラジリアン・ローズウッド(ハカランダ)が使用されていました。1970年にサイド&バック材はインディアン・ローズウッドに変更されます。現在ではブラジリアン・ローズウッドは希少材であり、大きな変更だったわけですが、当時ほとんど話題になることはありませんでした。そして、黒ピックガード、グローバー・ペグをフィーチャーしたルックスは概ね1970年代の終わりまで同じでした。

その後、ペグがシャーラー製となり、1985年にはスクエア・ロッドがレンチで矯正可能なアジャスタブル・ロッドに変更されます。そして、ピックガードが黒から鼈甲柄にさらに1988年にはスキャロップド・ブレーシングが採用され、より明瞭なサウンドとなりました。余談ですが、ニール・ヤングはノン・スキャロップド・ブレーシングのD-45をスキャロップド・ブレーシングに改造していました。

さて、今年のモデルの主な変更点として、①スキャロップド・ブレーシングがフォワード・シフテッド・スキャロップド・ブレーシングへ、②トップ・フィニッシュがクリアからエイジング・トナーへ、そして③ロトマティック・ペグがオープン・タイプのペグへ、④ネック・シェイプがロー・プロファイルからモディファイド・ロー・オーヴァルへ、⑤ナット幅が1 11/16''から1 3/4''へ、⑥スタンダード・テイパーからハイ・パフォーマンス・テイパーへなったことなどが挙げられます。

①は言い換えると、Xブレーシングの位置がD-28同様ネック寄りになったということです。より広がりのあるサウンドが期待できます。②はビンテージ風の色味に着色されたということです。③もビンテージ風のルックスになったということですが、ペグの重量が軽くなりますので、音色も幾分軽やかになることが想像できます。④⑤⑥はやや幅広で癖の無いネックへの変更を意味します。なお、これらの変更点は新D-28の変更点同様です。下記も参照ください。

⇒D-28新旧モデル比較はこちらから

D-28のときもそうでしたが、二つを並べると違いを実感できましたが、とは言え、当然ながら根本が大きく変わってしまうことはありませんでした。D-45も同様でしょう。

すでに私達フォーク世代が憧れた1970年代の物と近年の物では仕様が異なっていましたが、これまでの仕様の変更が私達のD-45へ憧れを冷ますことはありませんでした。ステイタス性は不変と言えるでしょう。それでも、もしクリア・トップ、ロトマティック・ペグのD-45に愛着がある方は、旧タイプが市場から無くならないうちに、早めに入手されることをお勧めいたします。

次回もお楽しみに。

⇒マーティンギター一覧はこちらから

この記事を書いた人

白井 英一郎
1960年生まれ。吉田拓郎を聞いてフォーク・ギターを始める。その後イーグルス、オールマン・ブラザーズ・バンドなどのアメリカン・ロックに傾倒。エレキ・ギターも弾くようになる。ギター、スティール・ギター、バンジョー、マンドリン、ウクレレ、三線を弾くマルチ・プレイヤーとして演奏活動をする現役ミュージシャンであり、音楽誌や楽器専門誌のライターの肩書きも持つ。1970年代のファッションを好み、音楽のあるスローライフを実践するロハス・ピープル。入門者からベテランまで、お客様の音楽スタイルはもちろん、ライフスタイルに合った商品を提案する楽器のコンシェルジュ。

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