【Vintage File】#22 Gibson 1975年製 MK-35 ~偉大なる失敗作~
渋谷店佐藤です。
昨年【Vintage File】#3にて、ギブソンが長い歴史の中で出した”迷作”の例として、ES-150Dを紹介させて頂きました。今回はインパクトでいうとそれを超えるかもしれない、ギブソンアコースティックの長い歴史の中で、最大の問題作と言っても過言ではないモデルが渋谷店に入荷していますので、紹介させて頂きます。
Gibson 1975年製 MK-35。70年代中盤に登場し、80年代に入る前にそのラインナップ全てが姿を消してしまうという、非常に短い期間のみ製造されていた通称「マークシリーズ」のうちの1本です。
【Vintage File】#19で紹介させて頂いたDove Customの回でも述べた通り、1970年代のギブソンは経営母体がノーリン社に変わり、効率化/コスト削減の方向に舵を切り、同時に60年代以前とは異なる設計にトライしています。70年代初頭はJ-45やHummingbird, Dove等、それまでに生産されていたモデルのフルモデルチェンジ/仕様変更がメインでしたが、1975年にそれまでの伝統的なギブソンアコースティックとは全く異なるアプローチの楽器として登場したのがマークシリーズです。
ギブソンと言えば戦前の楽器職人(元々はフィドルやマンドリン等がメインでした)をルーツとする、ある意味頑固な職人気質のブランドという面が強かったのですが、このマークシリーズの開発にあたっては、フロリダ州立大学の物理学者、マイケル・カーシャ博士を中心とした研究者を招聘し、エンジニアリング/工学的アプローチからデザインされていると言う点でも非常に興味深いシリーズと言えます。
所謂ドレッドノートともスモールサイズとも異なる独特のボディサイズです。全体的なシェイプや寸法、抱えた印象としては、TaylorのGS(グランド・シンフォニー)に近いタイプでしょうか?あとは意外な所ではOvationともボディ幅やシェイプが非常に似ていたりもします。
ぱっと見の印象で、ギブソンアコースティックの中では明らかに異質なモデルである事が見てとれますが、このモデルの真髄は内部構造にあります。順番に見ていきましょう。
ヘッドストックは先端に向かうにつれて先細りになるタイプで、1920年代のL-3やL-4等のアーチトップに見られる通称スネークヘッドに近いデザインです。Gibsonロゴも戦前を想わせるような筆記体になっています。後述するような新機軸を盛り込んだモデルですが、あえて先祖がえりのようなものを狙ったのでしょうか?
また、当個体はセカンドシリアルが打たれており、新品当初はB級特価品であった事が窺えます。マークシリーズの初期のものにはセカンドシリアルの個体が多いのですが、理由については後述します。
目を惹くのはこの特徴的なブリッジの形状です。「インピーダンス・マッチング・ブリッジ」と呼ばれるこのブリッジのデザインはただ単に見た目のインパクトを狙っただけのものではなく、6弦から1弦まで各弦ごとの太さや質量、弾いた際の周波数の違い等に着目し、いずれの弦もばらつきなく、等しく効率よくボディに弦振動が伝わるようにという音響工学上の観点によるものです。その為、6弦側は大きく・1弦側は細い形状となっています。ブリッジベースだけでなく、サドルも特異な形状となっています。
サウンドホールです。ロゼッタは一見武骨なデザインですが、テーパーがかった手の込んだ形状となっています。ヘッドデザインもそうですが、70年代当時に先鋭的なルックスを狙ったためか、今見るとレトロフューチャー的なデザインに見えないこともなく、これはこれで中々趣深いルックスですね。
ブリッジと並びこのモデルの肝となるボディ内部の構造です。
ボディトップの裏側にまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされているのが、通称「カーシャ・ブレーシング」。一見乱雑に見えますが、コンピュータを利用し音響特性のデータを解析、それを元に試作~ブラインドテストを繰り返し、弦振動を如何にボディに効率よくスムースに伝えるか・如何に耐久性を持たせるか等考え抜いて編み出されたパターンです。伝統的なアコースティックギターのXブレーシングというより、むしろクラシックギターのファンブレーシングに似た要素があるようにも感じられます。
尚、当個体にはピックアップ(L.R.Baggs i-Beamアクティブ)が後付されています。
ネックジョイント、ブロック部の湾曲した形状、ボディサイドの割れ止めにあたる部分の形状なども、それまでのGibson等、伝統的なフラットトップ・アコースティックギターでは見られないタイプのデザインです。
楽器職人の勘とはまた異なる、当時の最新鋭の工学的なノウハウを基にし、如何に弦の振動をスムーズに音に変換するかという点に重きを置いている設計思想は、同時期に登場し一大ムーブメントを起こしたOvationに非常に近いものを感じます。マークシリーズのボディサイズがOvationとほぼ同じである点も個人的には偶然とは思えず、ああなるべくしてああなったような印象を抱いてしまいます。
こうして鳴り物入りで登場したマークシリーズ。それまでアコースティックモデルを製造していたカラマズー工場ではなく、同時期に操業開始した新しいナッシュビル工場にて製造がスタートした事からも、当時のギブソンとしては肝煎りのプロダクトであった事が窺えます。
しかしながら、結果的にはマークシリーズは市場には受け入れられず、80年代に入る前にその全てのモデルが製造中止となってしまいます。60年代以前のJ-45やHummingbird、SJ-200等の伝統的な古きよきギブソンを好むファンにはその特異なルックス/サウンドは受け入れがたいものだった事も理由として考えられますし、新造のナッシュビル・ファクトリーにフラットトップ・アコースティックの製作に慣れた職人がいなかった、というのも有力な説です。前述の初期のマークシリーズのセカンドシリアルの多さの理由としてもしっくり来ます。
マークシリーズの不振により、それまでにも人気に陰りが見え始めていたギブソンアコースティックは完全に勢いを無くしてしまい、1980年代に入るとカラマズー工場の閉鎖もあり、製造数も激減してしまいます。ギブソンのアコースティックモデルの再興は、この後の80年代末期のモンタナファクトリー操業開始まで待たなければなりません。
こうした事情から、往年のギブソンアコースティックに止めをさした戦犯・失敗作的な扱いを受ける事が多いマークシリーズですが、一方で、先入観無しに見ると、工業製品としては独特の個性と設計思想を持った興味深いモデルである事が見て取れます。
サウンドもJ-45等の所謂ギブソン・トーンを期待して弾くと肩透かしを食らいますが、ギブソンだと思わずに触れると、カーシャブレーシングの影響もあり、驚くほどの繊細さ・レスポンスと不思議な骨太さを併せ持つ、ユニークなサウンドである事が感じられます。どちらかと言うとピックでがしがし弾くというよりは、フィンガースタイルで爪弾くタイプのプレイにマッチするキャラクターです。
事実、この後にカーシャ理論を基にしつつも発展させ独自のスタイルで製作を行った、スティーブ・クラインやアーヴィン・ソモギらの存在を考えると、そうしたビルダー達のムーブメントの礎となったモデルとも捉えられます。単なる失敗作と言うには失礼で、70年代のギブソンと天才物理学者が生んだ偉大な”怪作”とでも呼ぶべきでしょうか?
J-45やD-28といった銘器とはまた異なる意味で、ギターの歴史を作ってきた1本です。先入観なしに、是非触れてみて下さい。
次回の【Vintage File】も、どんな歴史を作ってきたギターが登場するのかお楽しみに!
※当商品について既に売約済みとなっております。予めご了承くださいませ。